車イスで全国のお城巡り 二条城・首里城・姫路城 3ページ

車椅子城郭評論家・アシトド松井 (肩書きは臨機応変に) 

二条城(京都市)
1998年(平成10年)入城時

二条城は平城で砂利の部分もありましたが平坦に 二の丸御殿にたどり着け、車いすを乗り換えるか 、もしくはタイヤの汚れを拭き取る事で、二の丸 御殿にスロープ状の通路で入ることが出来ました 。御殿内は鴬張りの廊下で、電動車椅子の仲間には車椅子でも鳴るといわれる方もおられました。
(平成10年取材)

平成24年・電動車椅子で訪れたところ、城内用の車椅子に乗換ることをもとめられましたので二の丸御殿には入りませんでした。

二条城二の丸御殿と御殿内へのスロープ通路(平成10年撮影)

二条城ニの丸庭園

2013年(平成25年)入城時

2013年(平成25年)に久しぶりに二条城本丸御殿に入ってみることにしました。しかし年齢もだいぶんきてしまって、砂利道を手動車椅子で進むことが難しくなってきたため、簡易電動車椅子での訪問になりました。単独ではなく介助者1人に同行をお願いして、写真を撮ってもらいました。

二条城二の丸御殿(2013年撮影) 二の丸御殿への車椅子
乗換スペース
二の丸御殿へのスロープ 御殿内は撮影禁止ですので外側から見える部分だけ

真の目的はなぜ電動車椅子でのアクセスが不可能になったのかを確認することです。著者は誰かが国宝の建物に電動車椅子の操作を誤ってぶつけたのではないか?などと想像していました。ところが、お城の管理をされている方からの回答はいがいなものでした。「御殿の床が電動車椅子の重さに耐えられなくなった」というのがその理由でした。著者にはお城を出来るだけ近くで見たいという思いと、文化財的価値のある城郭は出来る限り現状のままで残してほしいという、相反する気持ちがあります。二の丸御殿は鴬張りの廊下です、床をきしませて音が出ることが大切です、だから自分にあった下半身に変わるものとして作った車椅子利用者の多くが望まないであろう乗換に応じることにしました。重さだけを問題にするのなら、いろいろな問題提起ができそうですが、この時点では鴬張りの廊下を守る方が優先されてもしかたが無いのではと考えました。実際に二条城・二の丸御殿内では床の修復工事も行われていました。

ところが
15年の歳月の間に、すっかり肥えて、運動能力も落としてしまった著者は車椅子の乗換に四苦八苦。
「お客さん、電動車椅子利用でなくてもその体重では鴬張りの床が持ちませんので入場はご遠慮願います」とは言われませんでしたが・・・

著者の場合は自己管理が出来なかっただけかもしれませんが、障害が重くなるほど当然車椅子同士の移動は困難、例えば首の位置を保持する電動車椅子を利用されている方もおられるわけで、自分で自動車を運転され座席の移動を日常とされている脊髄損傷レベルの障害者(実は著者もこのレベル)には、この苦痛は理解しがたいのかもしれません。

道路交通法上は同じ車椅子利用者であっても、手動車椅子、電動車椅子、ハンドル式車椅子、寝台式車椅子など形態によってバリアーは強固になってきます。車椅子での城めぐりという本題からそれて、文化財とバリアフリーという問題になってきそうです、かつては電動車椅子利用者が気軽に見学できた国宝の建物、その建物の文化財保護、異なる利益をどう調整しますか?

西橋(二の丸御殿の反対側)にまわれば、石段に阻まれることなく本丸御殿に行くことが出来ました。
(2013年登城)

二条城内の車椅子対応トイレは数箇所でかくにんできましたが本丸への西橋前に車椅子・オストメイト対応フル規格トイレがありました。

二条城内・西橋前の車椅子・オストメイト対応フル規格トイレ(2013年撮影)

徳川幕府の京都での活動拠点、二の丸御殿 は大政奉還の舞台になった所、その様子が 人形で紹介されていました。

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首里城(沖縄県・那覇市)

首里城の木曳門(こびきもん)が車い す用出入口になっていてスロープで正 殿までたどりつける。城内のスロープ も美観に配慮したものになっていて、 従来の建築様式には無い物であることなど、なにげなくみていると気かない 。正殿にはリフトで、二階にはイスに乗り換えるタイプの昇降機がもうけられていました。城内に車椅子対応トイレ確認。
(平成8年と平成18年取材)

目立たないようにスロープ通路が

正殿に入るためのリフト

守礼門

長い坂道(まあ城めぐりのレベルからすれば緩やかなほう?)を上って、門をくぐって城内へ(平成18年 2006年撮影)

城内の車椅子対応トイレ(平成18年 2006年撮影)

琉球王国の象徴的なお城、どちらかといえば中国の城をイメージしてもらった方がよいかも。平成15年に那覇空港からのモノレールが開業したとのことでしたが、首理駅からのアクセスは困難でした。


姫路城(兵庫県・姫路市)

姫路城は平山城といわれる形態の城で、 車イスで平城部分の三の丸広場までは入 れましたが、あとは石段に阻まれてしま いました。隣接する好古園という日本庭園は平成4年に開園したもので、車椅子のままで建物や渡り廊下が利用でき、砂利などになやまされることなく庭園をめぐることができました。車椅子対応トイレもありました。
(平成6年取材)

2013年に天空の白鷺(姫路城大天守修理見学施設)に行くことができました。もう少し下段をみてね

車椅子でたどり着けた三の丸から天守をのぞむ
(平成6年撮影)

三の丸から天守閣を背景に記念写真
(2007年撮影)

好古園
(平成5年の写真です)

好古園はスロープ完備
(2007年 平成19年撮影)

渡り廊下も車椅子でいけました。
(2007年 平成19年撮影)

好古園内の車椅子対応トイレ


園内から城の建物(櫓)みえるし、滝もあるし、なかなか良いではありませんか(2007年 平成19年撮影)

2011年 平成23年秋に再度、好古園を訪れましたので写真をご紹介します。

世界遺産の現存天守閣、播州皿屋敷ゆかりのいどなどもあるが車椅子ではたどりつけませんでした。時代劇ではなぜか「江戸城」として登場することが多い、代役のお城?

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姫路城の大天守閣の修理が行われ、その間、天守閣を外側からみられるエレベータつきの見学施設がもうけられました。姫路城に車椅子でまじかに見られる機会ですので、工事期間中の2013年に簡易電動車椅子でどこまで上がれるか実験をかねて、介助者に同行をお願いして行ってみる事になりました。

期間限定の姫路城・車椅子アクセス
天空の白鷺(姫路城大天守修理見学施設)ここからの記事は2013年の状況にもとずいています

修理見学施設に覆われた姫路城天守閣
しかしエレベーターが設置されているので
歩行弱者が城をまじかに見られる(外側からですが)
またとない機会です。
外壁に大天守の絵が画かれていました。
(2013年撮影)

切符売り場を抜けると

いきなり最大の難所が、部分部分に石が敷いてありそれを超えようとすると車椅子操作がままならない!
坂は急だしわずかな石をキャスター(前輪)が超えられない。

このままでは車椅子のいい加減に城マニアのプライドがゆるさない

そんなプライドどぶにすてなさい!

介助をうけて入場口から菱の門をくぐると意外な展開が、あとは急な仮設スロープがあるものの、手すりがついていて、上肢が使えて手すりをもって、さらに簡易電動車椅子を操作できる著者の障害レベルでは、介助者なし(現実には係りの方などに部分的に介助をしてもらっていました)でも転倒の危険を感じることはありませんでした。これは利き腕が体重を支えるだけの残存機能が著者に残っていたことと、車椅子でのお城めぐりをつづけてきた賜物です、けして素人の方は真似をしないでください。

そんなことに素人とかプロとかいるんですかねえ!?

坂を自力(といっても簡易電動ですが)で上りたい著者をスタッフの方が見守ってくださいました。

記事は2013年の状況にもとずいています

幾つのも仮設スロープを係りの方に見守られながら上り、姫路城天守閣真下の備前丸にたどりつきました。ここの仮設スロープには手すりが付いていて著者の障害レベル・残存能力からすれば、たいへんありがたいものでした。耐久性や急勾配いう問題があるかもしれませんが、平山城という形態で人が入り難くつくってある軍事要塞・姫路城に車椅子でここまで入れたのですから、これはすごいことです。

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順番が前後しますが、備前丸までの姫路城のみどころをご案内します。

車椅子で櫓に入れました

櫓のひとつにスロープ板が設けられ、車椅子のままで入ることができました。城の防御施設のひとつである石落としや、武具などの展示物をまじかにみることができました。

お菊井戸をみることができました。

播州皿屋敷で有名なお菊井戸もみることができました。「一枚、二枚、」とお皿を実地棚卸?する姿で有名な物語ですが、実は各地に同様のはなしがあるようで、係りの方にうかがうと「皿屋敷は私の地元の話が本来のものだ」などという、遠方からの観光客の方もおられるそうです。

天空の白鷺(姫路城大天守修理見学施設)に入ります

記事は2013年の状況にもとずいています

備前丸から天空の白鷺に入ります。内部にエレベータがあります。

車椅子城郭評論家として一般観光客に説明してるんだけど、聞いていただいている?

このような天守閣の見学もいいですね。築城時には足場が悪くて、多くの方が犠牲になったのかもしれませんね。

小天守も眺めることができました

備前丸に車椅子対応トイレがありました

係りの方に伺うと大天守保存修理工事のあと、スロープ通路等がどのようになるのかはまだ決まっていないそうですが、文化財を現状のままで保護する必要との兼ね合いでのこしていただけるかどうか難しいところですね。著者には車椅子のお城好きゆえに、城郭をまじかで見たいという気持ちと、あるがままで残してほしいという相反する想いが交錯しています。今回、訪れて感じたことは、日本の城郭建築としてもっとも現状のまま保存されていると考えられている姫路城ですら、観光施設という従来の城郭にはない、役割をになっているためなのか、石段などは出来るだけ上りやすく、作り直されていると思われるところです。ここは築城当時の姿で保存しようとされている安土城跡などとは大きくことなるところです。

ここまでの記事は2013年の状況にもとずいています





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